大前提はとにかく描くこと
当たり前の話ですが、描き込まないことには上達は望めません。 私はそれが出来なかったからこうして趣味レベルでチマチマとやっているわけです。絵やイラストで収入を得ようとするのであれば毎日数時間の描き込みは自然とできることが望ましいでしょう。
それでも上達度が悪いとなっているのであれば闇雲に描き続けるのではなく、何が悪いのか分析してみるのも上達のきっかけになるかもしれません。漫画考察ではそんなジャンルを取り上げています。
自らの目で対象物を把握する能力
デッサンとは一言で言うと線画のことであり必ずしも対象物を見ながら描くものではないのですが、何も見ないで描く場合も過去の記憶を頼りに描いているのですから、「見て分析する」という能力は絵を描く上で重要な能力と言えます。逆の言い方をすれば「見て把握する能力が低いと崩れたデッサンとなる」との捉え方も出来ます。日頃見るという意識は常に高めておきたいものですね。
では崩れたデッサンとは何をさすのでしょうか?「意図的でない元の対象物の形状から崩れた絵」を差すのでしょうが、これは隣接する線との距離の違いにより起こることで、この距離感の間違いや整合性がデッサン力の基本と言えるでしょう。
距離感の把握するためのアタリ
具体的に距離感とは右目と左目の間の空白だったり、あごのラインの長さや角度といった線の位置関係なわけですが、当たり前ながら最初に描き始める第一の線は比較する対象がなく、それを補うべく実物のものには存在しない一直線や単純な図形に置き換えるアタリというもので距離感を把握していくことになります。
描き手には千差万別で絵を描き始める順番があろうかと思いますが、距離感の把握をしやすい描き順ということであれば顔の場合だとシンプルな図形になりえる卵形のアタリがあります。無論、卵型を完全に鵜呑みにすればほとんどの顔がアゴから頬のラインは全てぽっちゃりとなるので描き手のさじ加減によって微調整されますしアタリをつけない人も居ます。
輪郭の違いを漫画ならではのディフォルメによって卵形の輪郭からごつかったり、エラの貼った人なら四角いアタリに変更してみたりと描き分けを強調する手段としてもアタリは活用できます。
もしデッサン狂いに悩んでいる部分があったらそこ周辺のスペースに●▲■といった基本的な図形でアタリになりうるものがあれば配置することで改善する可能性があります。模写でひたすら整合性を記憶することは体にしみこませることが出来、長期的視点では大変有効ですが自分の飲み込みが余りにひどいといった場合にはこのようなアタリを適時配置・追加することも上達への近道になりうるかもしれません。
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